批評学園

日常・非日常を批評するブログ。

 テレビ観たら、岩手の蘇民祭っていう祭りのポスターが、セクハラにあたるってことで、JR構内に貼らせてもらえなかったなんていう話題やってましたね。こりゃ久しぶりに興味深いニュースだよ。テレビでは、そのポスターの画像をガンガン流してたけど、それはセクハラにならないのかねぇ…なんていう疑問は置いといて、とりあえず、あれだけテレビで流してたから、見た人も多いと思うけどさ。
 あれは、ようするにあそこに映っていた人の体が猥褻だってことでしょ。いや、ホントにそういう次元。別に上半身裸の男だとか、そんなポスターなんか幾らでもあるからね。アイドルの裸ならOKで、あのオジサンの裸はNGなんて、なんとも理不尽な気はしないでもないけど、でも仕方がない。セクハラなんていうのは、相手によるものだからね。ただ、猥褻だと言われたあの人は可哀想な気もする。テレビでも何度かインタビュー受けてたから、もはや時の人になってしまった感もあるけどさ。
 それにしても、従来だと、こういった形のセクハラ・猥褻騒動は、「芸術か猥褻」かっていう論争になるパターンが多かったけど、今回は、神事と見るか猥褻と見るかっていうことなのが、少し斬新だ。神事とか伝統ってことは、なかなか法律が触れづらい領域だけど、基本的に法治国家であるから、伝統とか神事なんかよりも法律が優先されるのは仕方ない。ちょっと残念な結論だけど、そういうルールで近代国家ってのは運営されているんだからさ。
 それを野暮と見るのは当然だし、俺だって、近代だリベラルだってのが真理だなんて全く思ってない。それはフィクションに過ぎないんだけど、フィクションってのは、人々の合意の上に成り立っているもので、言い換えれば、人々の約束事のこと。そして、実は最も重要なものなんだよね。フィクションじゃない、本当の真理ってのはさ、人類誕生以前から真理であり、これからも人類の営みなどとは関係無しに普遍的に正しいものってことだけど、それは例えば理論物理学で使われる定数とか、数学とか…それ系のものだね。自然科学のことだと、まとめてしまっても良いでしょう。それに比べて、社会科学で扱うものというのは、基本的には人類にとってのみ有効なもの。人類の存在を想定しなかったら、何も話が進まなくなってしまうようなものだ。もちろん、社会科学が劣っているなどと言うつもりもなく、むしろ、俺達は人類なんだし、人類にとってどうかという方が、実は重要なのではないかという気さえする。

 ちょっと話がズレてしまったね。まぁ、自然科学だって応用系は人類の為なわけだし、少々乱暴な分類だった感は否めないけどさ。で、今回の蘇民祭だけど、まず、ポスター自体は神事と関係ないから、当然猥褻なものはダメだ。この手のものが猥褻かどうかの判断基準は無いが、多くの人が不快感を覚えるものなら、やっぱりキツイでしょう。で、肝心の祭りの方でも、全裸になる部分が警察からストップかけられたって話だけど、これも仕方ないね。いくら神事に関わるものでも、屋外で全裸は基本的に取り締まられるべきものだ。近代リベラル国家では、宗教よりも伝統よりも、法が優先される。だって、おかしな宗教がハレンチな儀式をやったりしたら、一斉にバッシング受けるでしょ。同様に、いくら仏教でも神道でも、法に触れるようなことをやってしまったら、警察のお世話になるのは当然だと見なされるはずだ。
 特に、最近は変な犯罪やテロなんかが増えて、管理社会化が進んでいるからね。統治権力の力が強まって、今までは見過ごされていたようなものが取り締まられる方向になっていく可能性は高い。寂しいけど、仕方がない面もあるねぇ。
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周囲の人から見た私と猥褻って
こんにちは。本日も頑張ってブログ更新しますよ!今日の内容は何かと期待してください...
2008/04/03(木) 03:24:52 | 猥褻が大好き!無修正で公開