批評学園

日常・非日常を批評するブログ。

 ふと感傷的な気持ちになり、一日中YouTube。90年代の音楽を聴いたり、テレビ番組を観たりして過ごす。個人的には80年代の方が、時代の感触としては好きなんだけど、テレビに関しての思い出は圧倒的に90年代だね。80年代なんて、ゲームと雑誌、図鑑くらいしか興味なくて、テレビなんて観る気も起きなかったからさ。
 テレビ自体を考えると、80年代の方が勢いがあった気もするけど、やっぱり番組の完成度は90年代の方が全然高かったと思う。もちろん、80年代の荒削りな感じとか、和気藹々とした雰囲気、端的にバカバカしいノリなんかも捨てがたいけど、今改めて観ると古臭さがあるね。90年代のテレビ(バラエティー)というと、『ひょうきん族』の流れを受けて、とんねるずやダウンタウンなんかの、「業界的」とも形容できる、内輪な空気、舞台裏・楽屋ノリ、若者層向け…といったキーワードがすぐに頭に浮かぶと思う。
 そんな業界の空気が表にも出てきたことにより、視聴者も業界人目線で観るようになったという現象が起きた。これは、業界用語の氾濫による相乗効果ということで説明できると思う。「サブイ」、「すべる」、「かむ」、「キャラがかぶる」、「やらせ」、「仕込み」等々…幾らでも挙げられるような気がするけど、こういった言葉遣いが常態化することにより、メディアの世界だけでなく、現実の世界でも、お笑いや喋りに対して、妙に事情通ぶった厳しい意見が横行するようになってしまった。
 その流れの延長に、「KY」なんていう言葉もあるのだと思うけど、「空気を読む」というのが、すっかりバラエティー用語になってしまったのには不安を覚える。みんなが乗り気なのに、反対意見を言って場をシラケさせたりしてはいけない…っていう程度の話でしょ。その場において期待されることをするというようなことが、それほど重要かねぇ…。こりゃぁ、故山本七平氏が唱えた、「空気の支配」っていう概念そのものだよ。氏は、日本には強力な意志決定機関が存在せず、場の空気が全てを支配し、結果、誰も責任を取らないような体制に陥りがちであるということで、それに警鐘を鳴らしたというのにさ。
 大東亜戦争の教訓を忘れたとでも言うのか。日本国民よ、その場の空気とは違っても、「正しい反対意見」を言うべし。

 と、そんな与太話はイイとして、90年代の音楽を聴いていて驚愕したのは、河村隆一の音楽の完成度の高さね。いや、この人、なかなかセンスあるよ。『Glass』、『BEAT』、『ジュリア』…。一応、90年代バンドブームとも言うべき、ヴィジュアル系ブームの中から出てきたみたいな位置づけになると思うけど(そう言うと、熱心なファンからは怒られるだろうけどね)、そういう「ブーム」の時ってのは、玉石混交になるものだけど、河村隆一なんかは頭ひとつ抜けている感がある。音楽的素養の無い俺が勝手に判断するに、GLAYのTAKURO辺りと双璧で。
 ルックス(ルナシー時とのギャップ)や歌い方なんから、イロモノ的な扱いを受けることも多い人だけど、もっとプロデューサー活動をしたら良いと思うんだけどね。つんくくらい器用じゃないと難しいのかな。でも、酒井法子に提供した『涙色』なんかは、マジで出色の出来と言って良いと思う。多岐に渡る活動をしてるようではあるけど、もっと音楽活動に専念してほしいね。
 それにしても、ミュージシャンといっても、本当に曲作りのセンスのある人ってのは、そう多くないと思う。いや、本当に勝手なこと言って申し訳ないけどね…。でも、良い曲を作れる人には頑張ってほしいですな。今だからこそ、河村隆一を応援したい。
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