批評学園

日常・非日常を批評するブログ。

 「自分とは何か」という問いがある。これは、基本的には哲学の領域固有の問題であって、他の分野においては、特に取り上げられることもないのではないか。例えば、比較的その問題を扱いそうな心理学でも、自分について言及するような意識は重要とされても、それが特定の個人の「自分」である必要はないはずだ。つまり、「自分とは何か」という問いは、各自が持つものであって、この世界のただ一人、「俺」だけの問題ではない。
 それに対し、哲学における「自分」とは、「人間一般」のことではなく、まさに、その本人のことだ。哲学にも色々な考え方や流派のようなものがあるが、伝統的な解釈としては、「この世界には数多くの人間が存在するようだが、その中に、自分という特別な存在があること自体に対する驚き」を重視する。もっと言えば、「この世界に自分以外の人間が本当に存在するのかすら怪しむ」ことが許される学問こそ哲学だとも言えるのではないか。
 つまり、今の心理学の例もそうだが、特に自然科学の領域では「自分」というものを特別視することはない。「自分」というのは、せいぜいある時点での観測者にすぎず、誰とでも交換可能な存在であるのだ。俺でなくても、A君でもB君でも、どの「自分」が観測しても物体の運動は変わらず、そこに何らの必然性もない(量子力学方面に話を持っていくと、必ずしもそうでないようだが…)。
 それに比べ、哲学における自分とは、この世界の特異点であり、他の誰とも交換不可能なものだとも言える。世界に「自分」と呼べる人間はただ一人であって、他の誰とも決定的に違う。そして、世界は「自分」の認識によって現れるのだ。
 そういう考えは、一応デカルトから始まったことになってるよね。「我思う故に我あり」っていう、例のアレだ。でも、アレだってさ、一般的には、「皆さん、この世界には何が本当にあるのかなんて分かったものじゃありませんが、今こうして思考している自分だけは確実に存在していると思いませんか?」というものだと思われているような気がするけど、本当はそんな一般論ではないはずだ。
 つまり、デカルトの言いたかったことは、「この世界に確実に存在しているのは、俺の思考だけだ」ってことでなければならないはずだ。デカルトの言う「我」というのは、文字通りデカルト自身のことであって、「デカルト思う故にデカルトあり」でなければならないはずで、それを聞いた第三者が、「そっか、俺がこうして考えているということは、俺は存在しているんだ!」なんて安易に言ってはいけないことなる。そんなことを聞いたら、きっとデカルトはキレるだろうね。「いや、お前なんか存在していない。存在しているのは俺、デカルトだけだ」と。
 まぁ、実際は、デカルトが死んだ今でも世界は存在しているし、デカルト以外の人々各自が「自分は存在している」という概念を持っても良いということにはなったけど、それでも、自分と他人が決定的に違うというのは納得いく考えだと思う。
 とりあえず、デカルトが、自分という存在を、他の人々から切り離し、世界の中心として位置づけたことにより、近代哲学が始まったというのは、定説と言っても良いでしょう。
 そして、この世界における確かな足場として確立された「自分」という位置を、「世界の認識」の基準点として改めて規定し直したのが、カントだということになるのかな。カントは、「この世界自体が客観的に存在するか」などということはカッコに入れておいて、重要なのは、「人間がどう認識するのか」ということだという、人間の認識中心の世界観を打ち立てた。「世界があるから、その中に住む人間の認識がある」というのではなく、「人間の認識があるから、そこに世界も現われる」という転換が行われたわけで、これが有名な、カントの「コペルニクス的転回」。そこから、フッサールやメルロ・ポンティの現象学へと洗練されていき、哲学にとっての一つの重要な柱としての超越論的認識論というものが生まれた。
 これは別に、「何が実際に存在するのか」ということを軽視するものではないと思う。「何が実際に存在するのか」ということは、人間には完全には認識できないし、それよりも、「何が人間に認識できるのか」ということを考えた方が得策だろう…という方向性を導くに至った。
 しかし、結局のところ、「自分とは何か」という問題については、解決される見通しもない。「自分」というものがこの世界の唯一の例外、特異点であり、全てを認識する装置なのだとしたら、認識する装置を認識することなどはできないような気がするが…。
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